#読書
「別れを告げない」が素晴らしい作品だったので、ハン・ガンの作品を続けて読んでみた。「すべての、白いものたちの」は小説ではなく散文詩と呼ぶべき体裁を取り、白をキーワードとした心象風景の数々を取り上げる。ここでもまた、生と死のあいまいな境界を…
2024年にアジア女性として初めてノーベル文学賞を受賞したハン・ガン(韓江/ 한강/ Han Kang)の2021年に出版された小説「別れを告げない」を読了。斎藤真理子による翻訳は、済州島の方言を日本の方言に置き換えるなど工夫が凝らされ、原作に籠められた作者…
実話をベースにしたフィクションで、企業内ベンチャーとして南大東島でラム酒を造るプロジェクトを進める沖縄の女性を描く。主人公の名前は伊波まじむ。「まじむ」とは「真心」という意味だ。随所に織り込まれる「うちなーぐち」のルビが最初は面倒くさく感…
とあるクリエイティブな人がInstagramに上げていた画像で興味を持って、手に取ったエッセイ。この作品が気になったのは予感のようなものがあったからだが、それは正解だった。作品の中でレイチェル・カーソンも「目にはしていながら、ほんとうには見ていない…
「繊細」であることについて、自らが繊細であると自認するJenn GrannemanとAndre Soloがふたりで執筆した書籍のペーパーバック版。欧米にも「繊細であること」を改善すべき問題として扱う考え方があり、"Toughness Myth"と呼ばれている。繊細な人は「弱い」…
映画「ブレット・トレイン」を見たという話をした相手に「原作の方がもっと面白い」と言われたことから、その日のうちに角川文庫版を購入して一気に読み切った。600ページに迫る内容で、映画より複雑な構成になっていてわかりにくさもあったものの、展開が速…
この作品を手に取る読者は、ほぼ100%結末を知っている。コミック「BLUE GIANT」を読んでいれば、沢辺雪祈がどうなってしまうかわかるはずだ。原作にも関与している南波永人の手によって雪祈の視点でノベライズされたこの作品では、起きるべき事象に向けて展…
エマニュエル・トッドやマルクス・ガブリエル、フランシス・フクヤマらの知見がアンソロジーのように詰め込まれた一冊は、「戦争、AI、ヒューマニティの未来」という副題が添えられている。ウクライナやパレスチナでは戦いが起こり、生成AIが人間の領域に進…
以前から気になっていた書籍だったが、手に取ったきっかけは英国人フードライターのナイジェル・スレイターのInstagramだった。英語に翻訳されても、食のプロにインパクトを与える小説。興味を持たずにはいられなかったので、すぐに書店で新潮文庫版を手に入…
浅倉秋成による就活を扱ったミステリ。そう言ってしまうと、数多ある通俗作品のひとつのような印象を受けてしまうし、僕も会社の同僚にこの作品を紹介されたときにはそう感じていた。序盤は確かに、そんな印象で物語が展開するのだが、後半に入り、話が佳境…
講談社文庫から出版された、6つの短編小説を収めたアンソロジー。筆者の原田マハとは年齢が近いこともあり、何となく彼女が感じている老いに対する不安や状況の変化に重なるものが多いように思う。親の死や介護という問題は、僕の中ではすでに通過してしまっ…
2つのプロットがひとつに収束してゆく流れには、既視感を感じていた。それは「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の体裁だが、その流れで完結したかのように見えた第1部の後にも、さらに物語は用意されていた。第1部では「ぼく」と「きみ」、「…
「テクノロジーとサイエンスの未来」というサブタイトルがつけられているが、そんな前向きで明るい未来の話ではなく、コンピューターやアルゴリズムが人間の思考や感情を超えたときに我々はどうなってしまうかという内容だ。ある意味ディストピアのようでも…
タイトルは「地球外生命体」という意味だが、著者としてはそこにフォーカスを当てたいわけではなかったようだ。「'Oumuamua」という隕石か小惑星のような物体が太陽に接近して、急に軌道を変えて去って行ったという事実から科学的なデータに基づいて検証を行…
工学出身で経営学の教授を務める田坂広志の新刊は、光文社新書の書き下ろし。カルロ・ロヴェッリの著作を読んで量子論への興味が増していたところだったので、副題の「最先端量子科学が示す新たな仮説」に釣られてしまった。実際に読んでみると、科学的なア…
カルロ・ロヴェッリの"Helgoland"は、量子論を哲学的にわかりやすく読ませてくれるエッセイのような内容。邦訳版では「世界は関係でできている:美しくも過激な量子論」というタイトルがつけられているので、より内容が伝わりやすいだろう。量子論では、観察…
原田マハといえばアートや画家などの史実をベースにしたフィクションだが、本作はそれらが絡まない連作短編だ。短編ごとに主人公は変わるものの、とある街に住む女性という部分は共通する。通俗的にいえば「関西の住宅街に暮らす女性たちの群像」だが、洋菓…
"Under a White Sky"を原著で読んで興味を持ったエリザベス・コルバートの「6度目の大絶滅」を邦訳版で読んでみた。環境問題を扱っているのだが、コルバートの文章は押しつけがましさがなく、冷静に事実とそこから導かれる推論を語ってくれるので、ポジティ…
丸善に平積みされていた「NEO HUMAN」に興味を持って手に取ったものの、横にあったその原著「Peter 2,0」の方を買ってみた。医学用語やIT用語はやや多めだが、英語としてさほど難解ではないので読みやすい。310ページを、結果的に2週間で読了することができ…
史実に着想を得て、ある意味「妄想」を膨らませることで作品に仕立てる。それは、小説家ならではの仕事であり、特権でもある。この作品「リボルバー」はフィンセント・ファン・ゴッホとポール・ゴーギャンという二人の後期印象派の画家を実質的な主人公とし…
日本通のチェコ人作家アンナ・ツィマによる、ファンタジー要素と大正記の日本文学へのオマージュに溢れた斬新な作品。作中には、いかにも引用したかのような懐古調の文体で「川下清丸」という小説家の作品が登場するが、実はこれもツィマの創作だ。チェコ語…
「三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾」は、朝日新聞で名物記者と呼ばれる近藤康太郎の著作。文章を書く者の心得といえる内容で、書くことにそれなりにこだわりを持っている僕にとっては刺さる内容が多く、これからのバイブルになりそうな本だった。(…
はらだみずきの前作「海が見える家」を読了した直後に、たまたま書店で見かけて迷わず購入してしまった続編「海が見える家 それから」。前作で欠けていたキャラの立て方には、かなり注力した印象があり、登場人物のバックグラウンドがしつこいくらいに描かれ…
はらだみずきの「海が見える家」は、文庫化にあたり「波に乗る」を改題した作品。突然死した父親が南房総に残した家で遺品整理をする中で、都会とは異なる生活様式に触れて徐々に惹かれてゆくストーリーだ。舞台となる富浦は、僕が小学生のころに叔父によく…
村上春樹の新しい短編集を読み進めながら、違和感が増していった。果たして、これは小説なのだろうか、ノンフィクションのエッセイではないのだろうかという思いだ。そして、ある作品に至って、それが明らかに創作であると確信する。そしてあらためて考えて…
原田マハのエンターテイメント作品「アノニム」がKADOKAWAから文庫で出ていたので、読んでみた。彼女は本来、文学的な小説を書いているのだが、これは登場人物をイラストがあり、設定もいかにもシリーズ化をもくろんでいるように見える。それなりにおもしろ…
「デトロイト美術館の奇跡」は財政破綻したデトロイト市の美術館を巡り、市民が美術品の売却を避けようと基金を作って独立法人化するという硬派なストーリーを、原田マハらしく絵画と美術館職員、アート好きな市民の視点で描くハートフルな物語だ。彼女にし…
理論物理学者の書籍だが、その内容は哲学に近い。時間という方向性をもった概念の存在を難解な理論で否定するのだが、その部分は決してわかりやすくない。その上、文章に脱線が多く、著者の教養をひけらかすかのような多彩なジャンルの話題の登場で、実に文…
ハリーポッターシリーズのスピンアウトとして、ロンドンで上演されている演劇のシナリオ「ハリーポッターと呪いの子 第一部・第二部 特別リハーサル版」を原書で読みました。ハリーポッターとダン・ブラウンのラングドンシリーズは、翻訳が待ちきれなくてず…
これは率直に言って、不思議な作品です。まるで宮部みゆきを思わせるような、何人もの語り手の切り口からひとつの出来事が語られるという手法は、ときに話の理解をさまたげます。そして最後の最後まで、著者の書きたかった主題は独特の恩田ワールドというベ…