【柚木麻子】BUTTER

以前から気になっていた書籍だったが、手に取ったきっかけは英国人フードライターのナイジェル・スレイターのInstagramだった。英語に翻訳されても、食のプロにインパクトを与える小説。興味を持たずにはいられなかったので、すぐに書店で新潮文庫版を手に入れて読み始めた。

この作品のタイトルとなっている「バター」は、「血がそのもとになっている牛乳」から生じるものとして描かれる。血とは生命の象徴であり、血筋という遺伝子と同義に用いられる言葉でもあり、そして性的なメタファーにもなる。それらが変容した状態のバターは、芳醇な美味の象徴でもあり、脂肪の塊として健康上好ましからざるものでもある。複雑に見える比喩だが、この作品を通読すれば、その意味がすんなり腹に落ちることだろう。

一方で、社会の通念に沿って生きることを「死んでいるようなもの」と表現し、自らの道を貫いて生きることの価値が説かれる。バターと合わせて考えると、毒と薬の二面性があったとしても、何もないただの媒介物に留まるよりマシだということなのかもしれない。

そして、物事の二面性を異なる価値観で捉える人たちは、お互いに歩み寄ることが難しい。それが故に傷つき、時には愛する者とも別れる選択をすることになる。特にそれが社会の規範だったり、隠れた掟のようになっていたりすると、ひときわ辛い思いをせざるを得ない。掟破りと捉えて自分らしさを表現することをためらうよりも、自分をありのままに表現して受け止めてもらう。そこにズレがあれば、いやズレがあるからこそ、お互いに支え合える。それが、この物語の本質だ。

ナイジェルが感嘆したのは、おそらくその表現の緻密さだろう。多彩な形容詞やオノマトペを駆使して、料理の味わいや感情の起伏を雄弁に書き表す作家の言葉をじっくり噛み締めたことは、想像に難くない。僕もまた、同じことをなぞりながら、この作品を読み進めていたのだから。