【原田マハ】あなたは、誰かの大切な人

講談社文庫から出版された、6つの短編小説を収めたアンソロジー。筆者の原田マハとは年齢が近いこともあり、何となく彼女が感じている老いに対する不安や状況の変化に重なるものが多いように思う。親の死や介護という問題は、僕の中ではすでに通過してしまった過去だが、これからのキャリアやパートナーと過ごす時間については、すぐそこにある未来なのだ。

これまでの日常が変化してしまうことに対する恐れは抗い難いものではあるが、変化を楽しむことができれば問題ないはず。原田は、その勇気が持てるように、そっと背中を押してくれるような物語を紡ぐ。舞台設定においては他の作品と似通ってしまうこともありながら、何に感情が動き、それをその場でどう言葉にしたかという点では、彼女ならではの表現で物語が展開してゆく。

メキシコシティイスタンブールといった異国感の強い場所を舞台としている作品もあり、その空気感を伝える表現力やアイデアの豊富さは、さすがに原田マハ。日本語で語られるだけに、どうしても「翻訳された」描写になりがちだが、そんな中でも現地の匂いを伝えてくれていることで、自分が触れたメキシコやトルコの記憶が呼び覚まされる。

気持ちに少し余裕があるときに、立ち止まって自分の現在と未来に思いを馳せる。そのための触媒に、この作品はきっとなってくれるだろう。