【小説】六人の嘘つきな大学生

浅倉秋成による就活を扱ったミステリ。そう言ってしまうと、数多ある通俗作品のひとつのような印象を受けてしまうし、僕も会社の同僚にこの作品を紹介されたときにはそう感じていた。序盤は確かに、そんな印象で物語が展開するのだが、後半に入り、話が佳境に差し掛かってくるあたりから、そんな印象は一変する。

一言で言えば、この作品は個人の特性をいくつかの要素だけで判断してしまうことの危うさを説くことが本質であって、それが就活という舞台装置の上で最も如実に顕在化するいうこと。就活そのものや、その是非にテーマの本質があるわけではない。

主人公が誰かも、トリッキーな仕掛けによってあやふやになるが、それはつまり「誰の視点で見るかによって、物語の意味が違って見える」ということだ。波多野祥吾も嶌衣織も、そして他の登場人物も多面性を持っているし、その言動を部分的に切り取ってしまうと本質を見誤る。それなのに就活の中で、短い時間の面接やグループディスカッションで何がわかるというのか。そんな疑問は当然に出てくるだろう。

人事の世界に長くいた立場で言えば、面接で応募者の本質が見抜けると思ってはいけない。特に語られる言葉そのものや、ESに書かれた文字面からは見えてはこない。いかに彼らの言動に興味を持って共感のあるツッコミを入れられるか、その回答をする際の表情や目線、逡巡の度合、言葉の選択などから何を読み取り、それに対して適切に掘り下げられるかで相手の本質のどこまで見えるかが変わる。その割合を挙げる作業が採用面接なのだ。

その立場で、この物語の違和感を挙げるとすれば、「スピラリンクス」という企業が実施した特殊な選考だろう。「最終選考を1ヶ月後に行う」ということは、その間応募者たちが他社の内定を受けないことが前提だが、人事としてそんなリスクは冒せない。どんな人気企業であっても、その会社が第一志望でも学生は迷うものだし、目の前にある「ゴール」という誘惑に飛びついてしまう可能性は低くない。

自分の部下がこんな提案をしてきたとしたら問答無用で却下するだろうし、「学生を選別すること」より「学生を自社に惹きつけること」を考えるように指導するはず。学生に選ばれなければ、企業は人材を確保できない。