【小説】海が見える家

はらだみずきの「海が見える家」は、文庫化にあたり「波に乗る」を改題した作品。突然死した父親が南房総に残した家で遺品整理をする中で、都会とは異なる生活様式に触れて徐々に惹かれてゆくストーリーだ。舞台となる富浦は、僕が小学生のころに叔父によく連れて行ってもらった町なので、それだけでも親近感が湧いた。また、亡き父の葬儀を執り行い、遺品を整理した経験もあるので、つい自分に引き寄せて読んでしまったところも多分にある。

内房線に乗るとわかるが、千葉、あるいは木更津より先はまったく違う世界に感じる。住んでいる人も流れている時間も、普段接しているものと同じではないのだ。そんな南房総の別荘地で、主人公は自分が頼りにされることの喜びに気づく。せっかく就職した会社を短期間で辞めてしまった彼にとって、それはパラダイムシフトと呼ぶべき大きな変化だったのだろう。確かにそこには新たな可能性が広がっているのだろうが、その代わりに失うものとの差し引きで考えて、それでも新たな生活を望むという判断は今の僕には簡単なことではない。ただ、今と何かが違っていれば、そんな選択を取ろうとすることは十分にあり得るだろう。

この小説に漂う違和感は2点ある。ひとつは、いわゆる「地の文」が主人公に視点で書かれているのに、主人公にはなじみが薄いはずの釣りや魚などの知識が豊富に見える文章なのだ。言い換えれば、主人公のキャラ設定が甘いということ。地の文を第三者の視点にするとか、成長した主人公に回想として語らせるとかの設定にしていれば、もっとすんなりとストーリーに入ってゆけただろう。もう1点は、男性である主人公が就職に失敗する一方、主人公の姉は「男に騙されて」南房総にやって来ること。ジェンダーの視点で考えると、これはいかにもステレオタイプな描き方に見える。僕も非常に気になるが、こうした表現が気になる人にとっては許しがたいことのように思えた。ちなみに「はらだみずき」氏は男性だ。