【カルロ・ロヴェッリ】時間は存在しない

理論物理学者の書籍だが、その内容は哲学に近い。時間という方向性をもった概念の存在を難解な理論で否定するのだが、その部分は決してわかりやすくない。その上、文章に脱線が多く、著者の教養をひけらかすかのような多彩なジャンルの話題の登場で、実に文意を追いにくいのだ。科学の初心者向けではないし、本格的な論文でもない。この著作の位置づけは、かなり著者の独りよがりに見える。

ただ、哲学的なアプローチの部分は直感的に理解しやすい。時間を否定するのに、「現在」という瞬間の定義ができないことを説いている。何光年も離れた星との同時性を例にして、地球にいる自分が認知したときがその星の現在なのか、その星で発生したときなのかという展開がなされる。僕のように音楽をやってきた者にとっては、例えば東京ドームのような広い会場で合唱でも器楽でも、音を合わせるのが難しいことを考えたほうがイメージしやすい。指揮者のいる位置で音が揃えばよいのか、それともそれぞれの楽器が音を発するタイミングを合わせるのか。いずれにしても、「同時」などというものが存在しないことはわかる。それはつまり、「現在」が存在しないということであり、「時間」が存在しないという論理展開もうなずけるところがある。

基本的に僕は文系の頭なのだが、ときおりこのような自然科学に接することによって、頭がリフレッシュできる気がする。それはまた、老いや死というものに対する恐怖が薄らぐ瞬間でもある。