【恩田陸】「きのうの世界」の不思議

これは率直に言って、不思議な作品です。まるで宮部みゆきを思わせるような、何人もの語り手の切り口からひとつの出来事が語られるという手法は、ときに話の理解をさまたげます。そして最後の最後まで、著者の書きたかった主題は独特の恩田ワールドというベールの向こうに隠されたままなのです。序盤から中盤にかけての壮大な仕掛けをどう決着つけるのか、というフラストレーションが頂点に達したところで著者はその答えらしきものをほのめかします。

ネタバレにならないように言い換えると「歴史は、それが個人のものでも社会のものでも、過去に起きた事象の積み重ねの記憶によって成り立っている」ということでした。ここに行き当たって初めて、なるほどという気にはさせられます。しかしそれは同時に、下手な手品を見せられた後の煮え切らなさのようでもあるのです。壮大な仕掛けのいくつかは、明確な答えが提示されないまま物語は終えられてしまいます。

否定的な表現を使ってきましたが、恩田陸のこの新刊の持つ世界観は読者を裏切らないでしょう。ただ、彼女の作品にあまり親しんでいない人がいきなり読むには適さないように思いました。彼女が他の作品においても徹底的にこだわる「記憶」というものが、形を変えて語られているのが本作なのです。

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