【伊坂幸太郎】マリアビートル

映画「ブレット・トレイン」を見たという話をした相手に「原作の方がもっと面白い」と言われたことから、その日のうちに角川文庫版を購入して一気に読み切った。600ページに迫る内容で、映画より複雑な構成になっていてわかりにくさもあったものの、展開が速いこともあって、続きが気になって手放せなかった。

伊坂幸太郎の作品を読むのは初めてだったが、とにかく言葉の選択が絶妙で、そこには明確な意図があった。僕にとっては、普段頭の中に置いている要素が言語化されていることも、作品に引き込まれた要員になっている。わかりやすい例としては「マーフィーの法則」もそのひとつだし、主要な登場人物のひとりである王子が投げ掛ける「なぜ人を殺してはいけないの?」という疑問もそうだ。この疑問に対して、様々な回答がなされるが、どれも自分で考えたことがあるものなのだが、それぞれに背景となる価値観が異なることが明確に読み取れたことに少なからず驚きがあった。

映画版では東海道新幹線の東京~京都に翻案されていたが、原作では東北新幹線の東京~盛岡が舞台で、「はやて」と「こまち」が連結されていることも物語の構成に意味を与える要素になっていた。原作の上野は映画では品川に、大宮は新横浜にという部分は自然な移行だが、「のぞみ」にしてしまうとその先は名古屋にしか停車しないので、原作の「仙台から先は、盛岡だけでなく一関、水沢江刺などにも停車する方のはやて」を再現するためには、「ひかり」を模した「ゆかり」にして静岡や浜松にも停める必要があったのだろう。

原作ではドライな真莉亜が七尾と絡む関係性が箸休めのような位置づけにあるが、同時に物語に現実味を与えていたようにも思う。その意味では、映画版のサンドラ・ブロックの使い方は、原作の味わいにかなり忠実だったのではないか。

続編の「777」もこの二人が登場するようなので、少し時間を空けて読んでみようと思っている。伊坂の作品を読むにはパワーも必要だし、現実との境界があいまいになってしまいかねない。