【ドラマ】ピーキー・ブラインダーズ

今年のアカデミー賞において「オッペンハイマー」で主演男優賞を受賞し、配慮のある紳士的なスピーチが印象的だったキリアン・マーフィーの主演ということで興味を持ったドラマ作品。英国の裏世界を、ジプシーの一族であるシェルビー家の視点で追うストーリー。全6シーズン×6話というコンパクトな構成だが、1話が60分あるので内容は盛りだくさんだ。

「ジプシー」という語は差別的な位置づけにあるが、英国では「ロマ」ではなく「ロマニー」と「アイリッシュトラベラー」が併存しているようなので、用語ひとつとっても選択は難しいのだろう。独自の言葉を使い、移動手段や住居、風習、髪型なども特徴的に描かれているだけに、世界観に没入できる作品に仕上がっている。

登場人物が多い上に、ユダヤ人、イタリア人、ファシストなど多彩な集団と合従連衡を繰り広げるので、十分に理解して見進めるのは容易ではない。それでも俳優陣の演技と演出が圧倒的で、表情だけでも充実感が満点なので、見応えは十分だ。主人公トミーを演じるキリアン・マーフィーの演技も素晴らしいが、その兄アーサー役のポール・アンダーソンやマイケル役のフィン・コールもこだわり抜いた演技を見せてくれる。

そんな中、トミーの伯母ポリーを演じたヘレン・マックローリーがシーズン5終了後というタイミングで亡くなってしまったので、おそらくシーズン6は大幅な手直しが入ったのではないか。シェルビー家の中にあって、女性ながら重鎮の位置づけを担っており、息子マイケルを絡めたトミーとの隠れた対立など、役回りも重要だっただけでなく、存在感も大きかった。彼女を失って、シーズン6はやや迷走した感が否めない。

そして、本作を特長づけるのは音楽の使い方。銃撃戦の場面の音をカットしてBGMだけを聞かせてみたり、効果的にロックの楽曲を織り交ぜてみたりとこだわりを感じさせてくれる。日本ドラマのように、タイアップで予算を浮かせる手法とは対極にある。

裏世界を牛耳るピーキー・ブラインダーズだが、彼らの主張は時に合理的にも聞こえる。正義だけでは生きてゆけないし、どんな正義でもひとつの価値観でしかないのだ。誤解を恐れずに言えば「誰を守るか」の違いであるという意味では、現代の中絶問題に通じるともいえる。自分の生命や家族の安全のために自らの価値観に背くことは、決して責められるものではないのではないだろうか。そんなことを、あらためて考えさせてくれる作品だった。