【吉本ばなな】アムリタ

僕は吉本ばななの作品を一気に読むことができません。少し読んでは本を置いて思いを巡らし、そしてまた少し読む。それには海外旅行、それも追い立てられることのないヤップへの旅は最適でした。角川文庫の上下巻を成田空港で買って持って行きましたが、結局上巻しか読めず、下巻は帰国後に自宅で読むことになったのです。

「アムリタ」も、ばなな作品らしく緩やかな時間の流れの中で、クールで冷静な視線から描かれています。細かい点、例えば友人が「ダイビングのレンタルショップ」なんて成立しそうのないビジネスをやっていたり、ウェットスーツを直射日光が差すであろうバルコニーに干したりと、違和感を禁じえない描写も少なくありません。それでも彼女の作り出す世界感の充実の前には、細かいことはどうでもよくなってしまうのです。

ともすれば安っぽくなってしまうであろう精神世界を、ここまで知的かつ合理的に描ける作家は本当に貴重です。会話がリアルで、いかにも現実的にありそうな言い回しとテンポなのですが、これもなかなか普通の小説ではお目にかかれない特長です。会話している人物の表情や仕草が目に浮かぶような、そんな活き活きとした作品にしばし身を浸すのは、気分よいものです。