【映画】ザ・キラー

依頼されて殺人を犯す人物の独白で始まり、心理描写や段取り、証拠隠滅に至るまでを事細かく語らせて展開するデヴィッド・フィンチャー監督によるNetflix配給の映画。全編に漂うリアルな緊張感と納得感が、まさに独特な世界観を醸成している。

関係した小物が復讐によって次々と消されてゆく中、指示をした大物クレイボーンだけは殺さない。それは経済的なつながりを消したくないという損得勘定なのだろうか。あるいは「いつだって使い捨てられるのは小物だけ」と言いたかったのかもしれないし、「目には目を」の応用で「物理攻撃には物理攻撃を」ということかもしれない。

吹き替え版で見たのだが、これだけ主人公の独白パートが多いと、声優によって作品全体の印象を大きく左右してしまう。その意味では、抑え目に当てた宮内敦士の起用は正解だった。台詞がハードボイルドな一方で、主人公は「そんなつまらないミスをするのか」と思うようなミスもするし、復讐する相手の返り討ちで結構ボコボコにされたりする。ブラックコメディの要素もあるということになるが、そのあたりのニュアンスも絶妙なほどに出せていた。個人的には「wordle」という単語が出てきたことに、時代が感じられたりもした。

舞台はパリに始まってドミニカ共和国を経て米国へ渡り、ニューオーリンズ、フロリダ、ニューヨーク、シカゴと多彩だ。パリでは、「エミリー、パリへ行く」を思わせるレストランの外周が描かれ、フロリダでは「ブラッドライン」の舞台となったフロリダキーズと似た風景が登場する。どちらもNetflixで配信された作品だけに、何かしらの意味が籠められているのかもしれない。