【ウルトラ・ダラー】元記者のウンチク

元NHK記者の手嶋龍一が書いた「ウルトラ・ダラー」は、北朝鮮の手によるドル紙幣偽造疑惑に題材を求めたサスペンスです。単行本が出たときから興味を持っていましたが、文庫になったのを機に読んでみることにしました。舞台は日本が中心ですが、香港・マカオ・極東ロシアからパリ・ロンドン・ワシントンDCなどが登場し、国際色豊かな仕上がりになっています。ただ、主人公はイギリス人の設定なので、その心理描写やバックグラウンドを読者が読み取ることは、あまり容易ではありません。

この作品を読了してまず思い出したのが、春江一也の「ウィーンの冬」でした。このブログにも書評を書いたので覚えている方もいるかもしれませんが、春江氏のこの作品はそれまでの「プラハの春」「ベルリンの秋」でつむぎだした東欧社会主義が崩壊する時代の躍動感が尽き、単なる「外交官の思い出話」として機密っぽさをほのめかした世界観の描写に終始する凡庸な作品でした。「ウルトラ・ダラー」も記者の特権意識が見え隠れしてしまい、欧米の音楽やファッションの描写をウンチクたっぷりに描く嫌らしさが鼻についてしまいます。

そして、風呂敷を目いっぱい広げた割にはあっけない結末で終わってしまい、先細り感も否めません。題材はおもしろかっただけに、細かいディテールよりも全体の構成で読ませた方がよかったのではないでしょうか。まあ、単行本は20万部売ったそうなので、評判は悪くなかったんでしょうけどね。この本を読むとすれば、飛行機の機内などまとまった時間をつぶす目的ならば悪くない選択だと思います。