フィギュアスケートのグランプリシリーズ第4戦となるNHK杯が代々木第一体育館で開催され、Day-2の土曜日にフリーの演技を現地で観戦した。羽生も宇野もいない大会ではあったが、坂本花織や鍵山優真らが好調ということもあって、1万人規模の会場は満員だった。
Day-1をテレビ放送の録画で見ていたが、グランプリシリーズは世界選手権に向けての各国選手権に向けた準備期間という印象がありミスが目立っていたために、演技内容については正直あまり期待できないのではないかという思いがあった。
しかし、最初のアイスダンスの演技から、その低い期待値は修正が必要になる。田中梓沙/西山真瑚組と吉田唄菜/森田真沙也組と日本選手の演技で始まったが、テレビの印象では幼く拙い演技だった2組が、なかなか充実した内容。順位こそ上げられなかったものの、リフトもツイズルも伸び代を感じさせ、今後の成長に期待が持てた。
グリーン/パーソンズ組からレベルが一段引き上がり、続くアリソン・リードとアンブルレヴィチウスの演技は圧巻。黒を基調とした衣装が妖しく映え、時空を超えたような世界観を表現していた。そして、マディソン・チョックとエヴァン・ベイツは期待を裏切らない。伸びがあって無駄のないスケーティングで「テイク・ファイブ」という5拍子を交えた難しいリズムを表現したが、個人的にこの曲が好きなこともあって、その演技に引きずり込まれてしまった。
続くペアは、「りくりゅう」こと三浦璃来/木原龍一組の一強かと思いきや、とんでもないスターが出現する。まずはショートで5位につけた長岡柚奈/森口澄士組が、まとまった演技ながらミスも目立って順位を落とす。しかし、今のキャリアでここまで来たことを考えれば、こちらもアイスダンス同様に期待感が高まった。
そして、りくりゅうの演技はスピンが抜けたりジャンプが揃わなかったりと細かいミスこそあったものの、全体的には余裕とスピードが増していてふたりの成長を感じさせる内容。しかし、その前に滑り終えていたジョージア代表のメテルキナ/ベルラワ組の内容が良すぎた。それぞれの要素のレベルが高い上に、マイムまでが意識されたもので、隙のないプログラムを披露してくれたので、これに勝てなくても仕方ないだろう。
男子シングルはドラマチックな展開が続いたが、まずはアメリカ代表の樋渡知樹が魅せてくれた。ミスを冒して悔し気な表情を見せることの多い彼だが、今回はノーミスのクリーンな演技で滑り終えた瞬間に喜びを爆発させた。続くジェイソン・ブラウンはジャンプでミスはあったものの、芸術性の高い素晴らしい演技。鶏が羽ばたくように腕を動かすマイムでは、そのまま浮き上がってしまうのではないかという錯覚すら感じるものだった。僕としてはスタンディングオベーションを封印していたのだが、この演技には立ち上がらざるを得なかった。
よい演技が続く中、最近あまり調子が出ていなかったマッテオ・リッツォの演技にも感動させられた。すべてのジャンプをクリーンに着氷したときに、手を振り上げて回すことで喜びを表現し、オーディエンスもそれに応えるように盛り上がりを見せた。グラスルとトルガシェフも高いレベルで続き、次は壷井達也。順位を落とすことは必然かとも思われたが、ミスのない素晴らしい演技でまとめて表彰台を守った。
三浦佳央は体調不良という情報もある中、SPでは本人も絶叫するほどの結果を残していたのだが、FSではジャンプのミスが続いて残念な結果に。そして迎えた鍵山優真は最初の4Fこそ転倒してしまったものの、それ以降は圧倒的なレベルの内容でまとめ、優勝を果たした。腰を落としてエッジに体重をかける技術に優れ、パトリック・チャンを思わせるような安定感があるので、そう簡単に崩れることはないだろう。
女子シングルは、終盤の5人が素晴らしすぎた。まずはブレイディ・テネルがアスリート系の演技で復活を宣言すると、16歳での引退から復帰したアリサ・リウも続く。アリサはすっかり大人っぽく成長していて、彼女らしい華やかさを十分に引き出す構成になっていた。このふたりの良さに、SPで上位を独占した日本の牙城は崩されるだろうと言う予感がしていた。
しかし、青木祐奈の安定した演技にその予感が覆される。まったくミスがない上に、つなぎの部分でも指先まで意識が及んでいて表現も多彩。アリサとは異なる華やかさもあり、まだまだ伸びそうな選手だ。さらに千葉百音も、完璧な演技で続く。千葉はテネルに近いアスリートな印象で、ジャンプの回転が速く、軸もとてもしっかりしていた。
そして大トリは坂本花織。いつものように絵に描いたような2Aの美しさはもちろんのこと、3連続ジャンプのつなぎでしかないと思っていたオイラーで、あれだけの距離とダイナミックな動きを見せられことにも意表を突かれた。最後のキメでよろけながらも152.95という高得点を挙げ、余裕の優勝だった。
今回、妻と僕の席は南側スタンドの一番端で、通路を挟んで関係者席になっていた。ここは滑り終えた選手や準備中の選手が観戦したり、仲間に声援を送る場所。ほんの数メートル先にメダリストも含めた選手たちの素顔が見られたのは、本当に幸運だった。
坂本の演技ではテネルとアリサ、ソーングレンのアメリカ女子3人が前列で並んで見入っていたし、チョックとベイツ、カムとオシェイも仲間に声援を送っていた。リッツォとグラスルが並んだ列の奥には鍵山と壷井が座っていて、メダリストの競演状態でもあったし、鍵山のコーチのカロリーナ・コストナーや振付師のブノワ・リショーの姿も見られた。
そして、客席後方のスペースでテネルとリショーが準備している様子も遠目に見えたので、楽屋裏を見せてもらったような感覚もある。それらも含め、フィギュアスケート選手たちのラウンジに紛れ込んだような感覚で、こちらも堪能させてもらえて大満足の生観戦だった。