【洋書】Call Me by Your Name

丸の内の丸善で、たまたま映画「君の名前で僕を呼んで」の原作小説のペーパーバックを見掛けたので、気になって読んでみることに。とにかく感情表現が細かく、ちょっとした言葉や行動に意味を見出し、主人公エリオがそれを解釈する。17歳の少年がイタリアの別荘で大学院生の男性に恋をする物語だが、それは単にゲイの話という単純なものではない。

他者に抱く純粋な憧れや好意が性的な方向に「も」向いてしまったということで、多くの大人が多感な時期に通り抜けてきた通過儀礼のようなものではないか。自分のことを気にかけて欲しいという思いが、閉ざされた環境と人間関係の中でアンバランスに増幅されてしまっただけなのだ。

映像化する前提で考えれば、ローマで最後の夜を過ごした後にオリヴァーがアメリカに帰ってしまって以降の部分は、なくてもよかったのかもしれない。エピローグのような位置づけなら、蛇足という感覚で受け止める人もいるだろう。

しかし、この作品に籠められているのは思春期の少年が大人の男性に持つ憧れのような感情が、昇華はしないまでも、心の中に静かに下りて積もってゆく過程と、その感情を振り返って理解する変化そのもの。ならば、この最後の部分は描かないわけにはいかなかった。そうでないと、ただの青春物語になってしまうが、それは作者が望んでいたことではないはずなのだ。

タイトルにもなっている「君の名前で僕を呼ぶ」という行為は、思ったほど頻繁に登場するわけではなく、象徴的にエリオの思いが凝縮されたものになっている。印象的で語呂もよいフレーズだけに記憶にも残るが、「ふたりの間だけの秘密の暗号」のようなもので、作品全体を流れるテーマそれ自体と考えるには少しブレイクダウンが必要だ。

とにかく文字が多く、エリオの揺れる感情を表現しているために、ひとつの文の中で直接話法と間接話法が入り乱れるし、文法的には正しくない箇所も多い。しかしながら、日常の会話もそんなもので、全文の構成を考えた上で話法や時制を選択しているわけではなく、その場その場でどんな単語が口に出るかは流れ次第。読むには苦労するが、口語の本質を理解するには最適な作品と言えそうだ。

映画はまだ見ていないので、次の週末にでも見ようと思っている。小説の中では「B」とされている本作の舞台はベルガモのようだが、北イタリアの風景とともにエリオの思いを受け止めてみたい。