【よしもとばなな】「イルカ」の繊細さ

よしもとばななの「イルカ」が文春文庫から出たので、読んでみました。この作品は小説という位置づけではあるけれど、テーマは世間並みではない恋愛や出産を経験した著者でなければ書けなかったものでしょう。その意味では、エッセイに近いような、かなりノンフィクションの要素のある小説だと思います。まあ、小説というジャンル自体が100%フィクションというものは少ないとは思いますが…

主人公のキミコが五郎(しかし、時代を感じるようなネーミングですね)と愛し合い子どもを授かるのですが、その経緯や出産時の心理描写はさすがにばななです。経験だけでも描けない微妙で繊細なニュアンスが、手に取るように男の僕にも伝わってくるのは、表現力と語彙によるものでしょう。

文庫版のあとがきで著者が「失敗作」であるというようなことを語っており、確かに全体を通すと表現が表面的に滑っているところや、推敲が足りないように思うところはあります。しかし、作家が最初に思ったままを言葉にした迫力を感じるので、それで十分なのではないかと思うのです。彼女が同様に失敗作という「N.P」も、僕は傑作だと思っています。

とにかく繊細な描写で研ぎ澄まされた感性を描くばななの作品を堪能するには、この作品は外せません。設定が非日常的に過ぎるというマイナスはありますが、きっと読者が感じるところは大きいのではないでしょうか。

http://www.bunshun.co.jp/book_db/7/66/70/9784167667047.shtml