【楽天ジャパンオープン】Day-6

テキストには書き表せないくらい、ものすごい体験だった。シングルス準決勝2試合も見どころ満載の激闘だったが、最後に感動のクライマックスが待っていた。車いすテニスを生観戦するのは初めてだったが、信じられないくらいのベストマッチになったこの瞬間に立ち会えることができて感謝している。

まずは、シングルス準決勝のティアフォーとクォン・スンウ戦から。前日の無双ぶりは収まったものの、ファーストセットを難なく取ったティアフォーの楽勝かと思いきや、セカンドセットはベーグルでクォン・スンウ。ティアフォーの集中が落ちてプレーが雑になる一方で、クォン・スンウがファーストセットでできなかった攻めの仕掛けを格段に増やした結果だ。ファイナルセットも均衡した勝負だったが、集中が戻ってきたティアフォーが少しだけ上回り、6-2 0-6 6-4で決勝に駒を進めた。クォン・スンウもときおり見せるウィナーやエースが印象的で、まだまだ伸びる逸材だと感じる。

続いてはシングルス準決勝、フリッツとシャポバロフの一戦。静かな立ち上がりのファーストセットから、徐々にふたりの闘志と勝利への渇望が表れ始める。フリッツは疲れからか、これまでに見せていた狙いすまされたサーブや美しいフォームからのショットが鳴りを潜め、ムラの目立つ内容ではあった。シャポバロフは、この一戦を楽しんでいる雰囲気があり、フリッツのポイントに苦笑を見せていた。

スタンドの声援で優勢だったシャポバロフがセカンドセットをタイブレークで取り、迎えたファイナルセット。ブレークを先行したのはシャポバロフで、フリッツはベンチでラケットを叩きつける場面も。しかし、ここから挽回したフリッツは勝利を決めるとイメージとは異なる咆哮で喜びを表現し、サインボールを打ち込んだ後、テレビカメラのレンズに「10」とだけ書いた。DJケチャップから「これは、この勝利によって来週のランキングでトップ10入りが確定したから」という説明があり、フリッツのソウルでのコロナ感染からの東京強行出場という背景も重なって、彼の状況理解が深まった。

そして、車いすシングルス決勝の国枝慎吾と小田凱人。実はこの日は第1試合の前に、前日に行われた車いすダブルス決勝のセレモニーが行われていて、ファイナリストとなった小田のスピーチを聞くことができた。16歳とは思えない濃密かつ丁寧なスピーチと、意欲に満ちた表情に期待が募っていた。そんな小田が、フェデラーに「日本には国枝がいるじゃないか」と言わしめた38歳のレジェンドに挑む。

小田の思い切りのよいショットからのウィナーも国枝の多彩な攻撃もあったが、ファーストセットは無難に国枝が取る。しかし、セカンドセットに入って小田が逆襲。この試合を通して初めてのブレークを奪って観客を煽る仕草まで見せた小田は、セットを取って吠えた。それでもファイナルセットでは国枝が再び圧倒し、1-5で迎えたマッチポイント。ここから、4本のマッチポイントをしのぐと2ブレークダウンをひっくり返す。5-5からの第11ゲームをブレークして、小田がサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップを迎えた。

記者会見のコメントで「(国枝に勝ってしまうことに)びびった」と語っていたようだが、これはまさに、フェデラーからベーグルでセットを奪いそうになったときの錦織の気持ちと同じような気がした。その影響からか、国枝がブレークバックしてタイブレークに。ここでは国枝の技術と経験が勝り、最強の王者が勝利を手繰り寄せた。有明コロシアムの雰囲気は最高潮で、観客と選手のコラボレーションでこの素晴らしいマッチを作り上げたと言っても過言ではないだろう。

小田のショットの切れは素晴らしく、フラット系でオープンサイドを抜くショットは本当に見応えがあった。ただ、チェアワークには課題があり、特に国枝が終盤に多様したボディ気味のショットに対して腕を縮めずに振り切ることができないと、勝負のポイントを逃してしまうことになりそうだ。

セレモニーで小田は、落ち着いた大人びた雰囲気でスピーチを始めたものの、すぐに涙で詰まってしまう。それは悔しさではなく、この場で戦えたことの喜びだったようだが、それはたぶん本音だろう。ただ、ここがゴールではなく、彼にとっては長い道のりの最初のマイルストーンくらいの位置づけのはず。国枝の存在とこの日の勝利には敬意を払いつつ、小田凱人(ときと)という新しいヒーローが東京に舞い降りたことを素直に喜びたい。