【Netflix】ターニング・ポイント

ネットフリックスのドキュメンタリー「ターニング・ポイント」は、ソ連のアフガン侵攻を起点にアルカイダタリバンの歴史を追い、9.11の前後で歴代合衆国大統領が何をしてきたのかを淡々と綴ってゆく。明確に誰かを非難するというよりは、現在に至る経緯を紐解く内容。「アフガニスタンを守る」つもりで出征する米軍兵士が、現地の状況に愕然とするという部分が印象的だ。異なる価値観を一方的に押し付けても反発を生むだけ。それは僕たちの日常でも、顔を覗かせることのある問題だ。

2001年、9.11から2週間後に僕は予定通りサンディエゴに向かった。転職が決まっていて時間に余裕があったし、恐怖よりも米国の現状を見ておきたいという意識の方が強かった。乗り継ぎのLAXの厳重な警備に驚き、モールの店員に「よく来たわね。怖くなかったの?」と聞かれた。パドレスジャイアンツの試合前には、ニューヨークの応援から帰ってきていた消防士たちが登場し、観客が彼らを讃えていた。帰国の空港では、預け荷物のすべてをチェックされた。お土産にたくさん買っていたポップな靴下を見て、係官の表情がちょっとだけゆるんだことをよく覚えている。

その数年後にニューヨークを訪れた。グラウンドゼロでは、強烈な念のようなものを感じたが、このような経験はリュブリヤナのスロヴェニア国立美術館の中世装飾武具の一室とグラウンドゼロだけだ。あの濃密な空気感から体が何かを受け取った。それが何だったのかは、よくわからない。その翌年に訪れたワシントンDCは、ホワイトハウスの見学ツアーは再開しておらず、特急アセラでフェルメールの絵を見るためにニューヨークに向かう途中、フィラデルフィアの付近で車窓を撮影していたら車掌に注意された。まだ、米国は戦時体制だったのだ。

僕にとっては、それらの記憶の断片が蘇り、9.11とは何だったのか、そしてトランプがレールを敷きバイデンが実行したアフガニスタン撤退はどういうことなのかを反芻するよい機会となった。